池澤夏樹さん講演会
2003年6月1日(日)、西南学院大学 ランキン・チャペルにて

「普通に暮らしているイラクの人々のことを、たくさんの人に知ってもらいたい、戦争のこと、平和のことをみんなで考えたい」。池澤夏樹氏が2003年1月に出版した「イラクの小さな橋を渡って」がきっかけで、池澤氏の福岡市での講演会が実現しました。
わたしも講演の実行委員会に(ほんの少しですが)加わって微力ながらお手伝いをしましたが、会場には多くの方々が足を運ばれ、とても素晴らしい講演会になりました。

講演前には、本橋成一氏監督のビデオ「DO YOU BOMB THEM?」が上映されました。「イラクの小さな橋を渡って」の中で報告した、2002年秋のイラクの様子です。
レストランでふんだんに出てくるおいしそうな食事、笑顔いっぱいの子どもたち。この平穏な風景の上に爆弾が落とされたという悲しい現実。

以下、講演要旨と当日の様子の報告です。


「イラクの小さな橋を渡って」 光文社刊

池澤夏樹さんのお父様は、ご存知、故・福永武彦氏。そして福永氏はここ福岡の出身です。二日市に生まれ、福岡市の小学校に通っています。福永氏が大学時代、故郷にちなんだ「水城テツオ」というペンネームを使っていたエピソードを披露し(「水城」は7世紀、唐と新羅の攻撃に備えて築かれた土の堤防、太宰府市にその堤防と地名が残っています)、「親子二代で作家になれたのも、太宰府の天神さまのご利益でしょうか」と、さりげなく福岡とのゆかりにふれてから、お話を始めました。
2002年秋、イラクへ行ったのは、当初は遺跡の取材のためでした。
既に、アメリカがイラクを攻撃するかもしれない、という危惧があって、イラク国内はピリピリした雰囲気だと思っていました。
ところが、食べ物は豊富でおいしいし、イラク人たちはとても開放的でひとなつっこい。客をもてなすのが大好きな国民性で、旅のあいだ、まったくイヤな思いをしませんでした。僕はイラクの人々が好きになってしまったのです。
しかし、マスメディアのイラクについての報道は「独裁者 サダム・フセインの国」というものばかり。イラク国民の本当の暮らしをほとんどの人が知らないのです。
なぜなのでしょう? 
戦争をしたい人は、イラク人個々人の顔を見ないようにしているし、それを支持するメディアも同様です。僕は、イラクの人々と個人的に親しくなってしまった、彼らのことを知ってしまった。だから知った者の責務として、それを伝えなければならない、と思ったのです。
どうしても戦争を止めたかったし、それで「イラクの小さな橋を渡って」という本を出版しました。本に仕立てるには時間がかかりますから、この本の英訳、仏訳はウエブサイトに掲載し、かなりの反響がありました。

内政でもたつく政治家は外に敵を作りたがる、というのは常です。
9・11以降、ブッシュのアメリカは八つ当たり的にアフガン攻撃に走り、まずオサマ・ビンラディン、それだけでも足りずにタリバン全体に憎悪を向けました。
日本の軍歌にもありましたよね、「天に代わりて悪を討つ」。「天」や「神」の代理として悪い奴を成敗する、というのはブッシュも同じ発想です。さらにマスメディアがそのような考えを支持し、増幅し、煽るような報道ばかりしています。

戦争というものは中毒になります。
戦う昂揚感、強いという快感にとらわれるからです。国の中で不満を持っている人たちの格好のうっぷんばらしです。こういう状態では、「反戦・平和」の声はなかなか届きません。

アメリカは最初、イラクの「大量破壊兵器」を捜すと言ってましたね。
「大量破壊兵器」って何でしょう? 米・英・仏・独以外の国が持つ強力な兵器がいわば「大量破壊兵器」なんですよ。この言葉がまるでキャッチフレーズのように使われると、実態をよく考えることなく、定着していってしまいます。

こういった使われ方で思い出すのは1998年の沖縄知事選です。政府の方針に反対を表する大田知事をなんとか落とそうと、対立陣営は「県政不況」なる言葉をつくって選挙中に大々的ににキャンペーンをしました。広告代理店的手法です。
「県政不況」の中身など吟味されずに、この短いフレーズで景気の悪さは革新県政のせい、とされたのです。稲嶺知事に代わってからもますます景気が悪くなっているというのに。

僕は本来小説だけを書いていたい。しかし、言葉を「広告代理店的キャッチフレーズ」から取り戻して、きちんと説明できる言葉にしたいのです。
だから自分が見たものをちゃんと伝えるために、イラクがらみの講演は引き受けることにしましたし、メールマガジンもはじめました。
また、最近、日本国憲法を自分で日本語訳した「憲法なんて知らないよーというキミのための『日本の憲法』」という本を出版しました。
僕は翻訳者としてスタートしましたが、翻訳者というのは基本的に悪い訳を我慢できないんですよ(笑)。いずれにしても「言葉」にかかわる仕事ですね。
武力で解決する世界に立ち向かうための「言葉」です。

アメリカの歴史には「陰謀史観」がつきまとっています。事件、暗殺が起きるたびにCIAの仕業だ、FBIの力だ、というふうに。そして今回のイラクでの戦争でも、サダム・フセインはまだ生きていて、裏取引でロシアに逃れている、という噂がまことしやかに流れていたりします。
僕は、ちゃんと見えるところで歴史を動かす力にしないといけない、と思います。裏取引だけで動かしてはいけない。

「平和にするにはどうしたらよいですか」という質問に対しては、答えはありません。
平和を作るのは簡単なことではないし、まどろっこしいし、手間がかかるものです。それでもつくっていかなければならないのです。
平和をおびやかすことは日々起こっています。それに対抗するためには「平和の素」を生産し、補給していかねばなりません。そのためにはみなさんも是非、手伝ってください。
池澤さんの、「言葉」で表現する文学者としての誇りと責務に大変感銘を受けました。そして日々の地道な努力こそが平和をつくる、というお話にうなずいた人も多かったでしょう。
このあと、サイン会もおこなわれ、池澤さんは、書籍を買ってずらりと並んだ人たちひとりひとりに丁寧にサインをされました。ずいぶん長い行列だったにもかかわらず、快く、気長にサインをしてくださいました。
わたしは、芥川賞受賞作の「スティル・ライフ」にサインしていただきました。初版本で、ずーっと持っていたので、ずいぶんと汚くなっていて池澤さんには申し訳なかったのですがわたしが差し出した本に「この頃のほうがよかったかなあ・・」などとつぶやかれておりました。
そのあと、実行委員会のメンバー約30人とともに、チャペルの2階の一室で、池澤さんとの懇親会を持ちました


懇親会の様子はこちらで!


「スティル・ライフ」の初版本にサインしていただきました
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