河出書房新社 池澤夏樹=個人編集「世界文学全集」刊行開始記念 対談(2007年11月21日・紀伊国屋書店新宿南店サザンシアター)

河出書房新社から今月発売になる「世界文学全集」を池澤夏樹さんが責任編集。その刊行を記念してのイベント。
朝日新聞の夕刊で知って申し込みました。丸の内線新宿三丁目で下車すると、日が暮れて真っ暗なせいかまたまた道に迷い(伊勢丹の前から南に行かなければならないのに、東の方向へ歩いてしまった)、ようやく目的地へ。でもわたし、一番乗りで、ホールの最前列に座れましたよ(^^)。
午後7時からで第一部は作家・江國香織さんとの対談。第二部は午後8時から翻訳家・青山南さんとの対談でした。
それぞれの対談を、わたしのメモをもとに書き起こしています。


江國香織さんと

<第一部・「子供部屋から始まる」(対談)江國香織×池澤夏樹>

池澤  僕は子どもの頃、創元社の「世界少年少女文学全集」を読んでて、毎月一冊ずつ家へ配本されてくる。
これは実父の福永武彦が送ってくれてました。ほかの本よりも厚みもあって大きい。字がいっぱいでホンモノ感がある。それを夢中になって読みました。そこからすべてがはじまった、という気がします。

江國  本は、そこにあるだけでもいい。背表紙のタイトルを読むだけで、何かがしみてくる感じがします。

池澤  家に本があって育つのと、ないのとは全然違う。
5〜6歳のころ、北海道に居た頃、本棚はいい匂いがしました。本が人の暮らしの中にある。そして、自分の本棚を持って一人前になった気がしました。

江國  読んだ本が自分のそばにある、世界がそこにあるという幸福ですね。

池澤  子どもの頃に読んだ創元社の全集をまた買って、今、ウチにあります。で、今ウチの子供が読んでます。そしたらね、いやに古い言い回しを覚えてしゃべるんですよ。しかしながら・・とか(笑)。

江國  お子さん、おいくつですか。

池澤  今、8歳と11歳です。

江國  古いいいまわしといえばですね、わたしつい最近「イスカのはし」って言葉を知ったんです。イスカって鳥の名前で、嘴(くちばし)が食い違った変わった形をしてて・・それでものごとがくいちがって思うようにならないことのたとえ。

池澤  あれは、イスカが食べる木の実を、食べやすいようにああいう形になってるんです。
進化論のもとにもなったダーウィン・フィンチっていう鳥たちも食べるものによってくちばしが進化して、形が変わっている。

江國  ・・・何でもご存知なんですね!

池澤  先ほどの文学全集、アメリカ編とか地域別の編集になってます。そのまま世界地図になる。そうか、世界はこんなふうにできているんだ、という思いがありました。

江國  わたしは子どもが登場して、生活感のあるお話が好きでした。ケストナーとか(ローラ・インガルス)ワイルダーとか・・

池澤  僕は逆に非日常の、ぶっ飛んだ話が好きでした。日常の外に出て冒険して戻ってくる物語。ピーター・パン、ロビンソンクルーソー・・

江國  「赤毛のアン」を読むのは女の子の常識でしたけど。

池澤  ジェンダー論じゃないけれど、男の子は探検、女の子はおままごと、我々の時代は単純に分かれていたんでしょうかね。

江國  同じ冒険モノでも「ゲド戦記」と違って「ナルニア国物語」は、日常的な会話が出てきますが。
あの、「不思議の国のアリス」はどっちですか?

池澤  あれはねじくれた物語だからねえ(笑)。作者のキャロルはとってもヘンな人ですね。彼は数学者だから小説家にはああいうのは書けない。スタートのポイントが全然違う。

江國  (文学全集で)どの国が一番好きでしたか?

池澤  イギリス。「往きて還る物語」が多かったから。
僕は本の読み手としては、研究者にはならず素人でいようと。
一番好きなのは書評です。好きな本を選んで読んで感想文を書く、小学生みたいです。
今回の世界文学全集の編集も、無謀な出版社におだてられて(笑)、リストを書いてオーソドックスなものをはずす、という作業からです。
今さら僕が「『赤と黒』がいいです」と言ってもね。だから20世紀後半の文学。選んだのは同時代的に翻訳が出て、それを読んで・・というもの。好きなものを選んで読む、書評と一緒です。
書評は「あてがいぶち」のものは書きませんが、こっちが書こうと決めているときに、先方から書いてくれと言ってくるときは、気持ちがいいです。
自分でチェックした書籍を月に1回、段ボールで送ってもらってます。でも本はたまるしね、大学の図書館にでも寄付しようかと。
江國さんも、書評、なさるでしょ?

江國  ・・・あてがいぶちのものが多いです(笑)。
最近、世界文学で「新訳」が多く出ていますね。でも登場人物の名前とか、微妙に訳によって違います。昔読んで覚えている本は友達みたいなんですけど。

池澤  たとえばアメリカ文学で「クリネックス」という単語が出ると、昔は「ちり紙」なんて訳をしてました。
プルーストの「失われた時を求めて」に出てくる「マドレーヌ」も、当時は翻訳に困っていた。今だったら「マドレーヌ」そのままでも通じますが。でもわからないまま想像するのはとても楽しかったです。
商品名って、アメリカの中流階級では重要なポイントになります。アップダイクの小説なんかでもそうですが。
商品名で言えば「KODAK」、あれは「コダック」と読みますよね。あのつづりだと世界どこでも「コダック」としか読めない。たとえば「C」の文字だと「S」の発音をする国もありますけど。それで、世界中同じ読み方が通じるように「KODAK」とつけたらしい。

江國  (感に堪えないように)・・どうしてそんなことまで知ってらっしゃるんですか!?

池澤  翻訳をやっていたら、いろいろ知識が必要になるから・・あの、インターネットに「ウィキペディア」ってあるでしょう。誰かから「イケペディア」って言われたことがあって・・ああ、つまんないこと言っちゃった(笑)。
でも、僕は家にこもってばかりの青白い少年ではなかったです。世界が変わったのは自転車。行動範囲が広がるから。当時僕は世田谷に住んでいたけど、自転車で練馬、品川まで行きました。

江國  冒険モノが好きなのと関係がありますか?

池澤  今は自転車が飛行機に変わっただけ。要するに読むことと、動くものが好き。
往って還る物語というのは、現実から逃げているワケです。

江國  わたし、ひとが死んだり、病気になったりしたときでも、読みかけの本があれば読み終わるまでは悲しくない、そんな気がします。これも逃避?

池澤  福永武彦の生涯の友人だった中村真一郎というひとは、どんなときもフランスの小説をたずさえている人でした。福永が危篤のときにもそうだったようです。僕もいつも面白い本が手近にないと不安になる。

江國  こうやって対談して本の話をするのも、わたしには現実じゃないようです。

池澤  最初に小説を書くとき、自分を現実から切り離すのがむずかしかったんです。フィクションとはいわば嘘、なんだか悪いことをしている、みたいな。どきどきしてできない。でも一度やるととてもラクになる。

江國  わたしも、お話をつくるときに罪悪感があります。

池澤  現実の外に出ないとできない。でも「こちらがわに来ていいんだよ」というのは生きていく上ですごくラクです。
そういう思いが読者にもあるとしたら、我々は(書くことで)人々を救っているかも。いや、自分を現実から救い出しているかもしれない。
乗り移りで主人公を動かしているから、すべての小説は「私小説」であるともいえますね。

江國  この文学全集の選び方、変わっていますね。

池澤  人がつまんないと言っても、自分がいいと思う場合もあります。偏愛です。


青山南さんと

<第二部 「文学の逃亡者」(対談)青山南×池澤夏樹

池澤  (第二部が開始され、青山南さんと登場して)こういうのを何ていうのかな、ダブルヘッダー? どっちも負けたりして(笑)。
青山さんは「世界文学全集」の第1回配本「オン・ザ・ロード」の翻訳者。スピード感伝わる、いい訳です。

青山  ありがとうございます。僕が英語ではじめて読んだ本がフィリップ・ロスの600ページぐらいある分厚い本。とにかく読み通すのが目的で。もうひとつがケルアックの「オン・ザ・ロード」。

池澤  最初がフィリップ・ロスですか?

青山  そういうのから入っていったというのは、知らないうちにアメリカ文学の真髄を読んでいたことになりますね。さいしょに「オン・ザ・ロード」を読んだときケルアックはまだ生きていて、一瞬、同じ空気を吸っていたことになります。むこうはかなりアルコールが入っている空気(笑)。池澤さんがはじめて英語で読んだ本は?

池澤  僕は「エデンの東」。映画が有名だけど、映画は原作のうしろの四分の一ぐらい。映画のシーンにたどり着きたくて、最後まで読みました。
ケルアックは「オン・ザ・ロード」に尽きると思います。こんなに書いたら、そのあとは何していいかわからない生活になるんじゃないか、と。

青山  翻訳は書き手の中へズカズカ入っていく。敵対せずに作家のほうについてよりそっていく。それで前よりケルアックに愛情を感じるようになりました。僕は世界中のケルアックの代理人だと思っています。

池澤  逃げるヤツはアメリカ文学になんで多いんだろ?
サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」アップダイク「走れウサギ」ヘミングウェイ「武器よさらば」それから、ハックルベリー・フィンも。女から、家庭から・・そんなに逃げたいのか? アメリカのテレビのホームドラマなんかとの乖離を感じます。

青山  さっき江國さんとの対談で「往きて還る物語」って言ってたけど、アメリカは往きっぱなし・・(笑)。「オン・ザ・ロード」では行く先々で会う人間は「移動中」の者ばかり。

池澤  「動く人」は変化のエージェントになっている。アメリカはクルマとハイウェイというのが大きいと思う。

青山  客観的には逃げてるんだけど、主観ではGo west,young man.

池澤  メイフラワー号からして、イギリスから逃げてきたんでしょ。移民も圧制から「逃げて」きてますよね。
20世紀はアメリカの世紀。アメリカの制度がだんだんひろまり、まず、アメリカを見ないといけない。

青山  「オン・ザ・ロード」の翻訳、やりたいと思ったことはとても大変でした。何かおそれ多くて。

池澤  本気でやって憑依されたら困る。

青山  ケルアックが好きなミュージシャン、詩人とかケルアックに惹かれる人が非常に多い。なぜだと思います?

池澤  逃げ出すことで描いたものは「自由」。若い人が持っていたもやもやしたものに「自由」という名札を付けてくれた。それはふわふわした魅力的な生き方である。公民権運動の「FREEDOM」とも違う。
豊かさを、家やクルマでなく、勝手気ままな自分のものさしに使っていいということを示した、カリスマだと思います。

青山  ケルアックが書いたのは逃げていいんだ、ということ。往っぱなしでいいんだ、と。

池澤  主人公をとがめる女たちは「定住者」ですね。

青山  女はほとんど批判的なんです。

池澤  ヘミングウェイの短編に「Man without women」ってのがあって、女がいなければどんなにラクだろうという本音が出ている。
ケルアック、ギンズバーグ、バロウズ、どれも若者たちのカリスマですね。

青山  特にバロウズとケルアックはかなり親しくて、長い付き合いだったようですよ。

池澤  文学史に残る3人が、たまたま親しかったというのは偶然ですね。

青山  ケルアックは身をもちくずして、ほかの2人も「怪物」になっていく。
ケルアックが一番張り合っていたのはドストエフスキーですよ。「地下街の人々」はドストエフスキーへのオマージュです。

池澤  「世界文学全集」に選んだリストを見ていて、7〜8割は移動する人々の話だと気づいたんですよ。
20世紀後半の人間全体の現象ではないか。

青山  書くことなくなったら、動けってことでしょう。
hit the road  旅に飛び出す。この場合、なぜhitなんでしょうか。

池澤  動かない状態から動きへシフトする。動詞で表現して、レトリックを必要としていない。

青山  rockという単語がよく出てきます。

池澤  そのとき、一番表現したいことを表現していたんだと思う。

青山  でも、世界文学全集に「オン・ザ・ロード」が入るというのは、価値観が変わった、と思います。

池澤  戦後すぐ、未来へつながるもの、それほどのものが、日本文学にはなかった。だからアメリカの世紀。僕は北海道生まれで東京育ちながら、アタマのどこかがアメリカを向いていたと思います。
1950年代と比べると、我々のものになったのもある。クルマも、ハイウェイも。

青山 でも、アメリカのハイウェイを、日本の高速道路のイメージと思われると全然違います。まっすぐであんなに広々と開放された地獄ってないですよ。同じ風景。移動している感じがしない。日本の読者の想像とは違う。

池澤  空っぽさかげん、ですね。

青山 そう、空虚さ。ああいうところで暮らしていると、アメリカ人は違ったものになる。池澤さんはクルマでアメリカを走ったことは?

池澤  アリゾナとアラスカ、そしてハワイ。ハワイは山も海もありますから。
でも1冊の本にこれだけのものがぎっしり詰まっているし、今さら原理的なことを言ってもなんですが、小説ってすごいな、と思います。


池澤さん、江國さん、青山さん3人そろって

とても知的スリルあふれる対談で、小説というものの奥深さ、可能性をまざまざと指し示して下さったような気がします。
対談のあと聴衆からの質疑応答があり、「逃げること」について池澤さんは、
「帰ってきた『彼』は行った時の彼と違う。朝は次の朝である。だから逃げつづけているともいえる、という答え。
また小説を書くということについては「小説を書くとは何かを作る感じ。たとえれば模型飛行機を作るような。よく飛ぶように、と作り上げる。これが小説を書く喜びの比喩としては、一番ピンとくる」と、非常にわかりやすいたとえを出してくれました。

わたしはアメリカ文学にはほとんどなじみがなく、「ケルアック」の名前さえ、今回初めて知った次第(ああ、教養がない・・(^^;)
だから会場に座っているのが少々いたたまれないような気にもなりましたが、そんなわたしでもお話には引き込まれずにはいられない対談でした。


余談;帰りは、普段なら、都営新宿線経由か丸の内線、銀座線経由で帰るのですが、1週間前から坐骨神経痛と診断され(情けない・・)、座っていればだいじょうぶなのですが、立ちっぱなしは少々つらい。
東西線は混むので、新宿からいったん中野まで出て座れるように西船橋行きの始発電車に乗りました。
途中、九段下から乗車してきた男性が「サッカー日本代表」の青い旗を手にもってます。この日は北京五輪出場をかけた対サウジアラビア戦が国立競技場で開催。
「あの、どっちが勝ちましたか?」と聞こうかと思いましたが、いきなり見知らぬオバサンに話し掛けられたら不審に思われるだろうな、とやめにして、自宅に着いて真っ先に配偶者に結果をたずねたのでした(0対0のドローながら北京五輪出場が決定)。

池澤夏樹さん朗読会+梨木香歩さんとの対談(2007年7月・丸の内丸善)へ

池澤夏樹朗読会+トーク+サイン会(2007年5月・サザンシアター)