藤田嗣治展(2006年9月2日・広島県立美術館)
今、フジタブームなのだろうか?
今年の春からテレビや雑誌でフジタの特集が目に付く。ちょうど今年は生誕120年。
彼の画業をほぼ生涯にわたって網羅したこの展覧会、春には東京で開催されていて、すでに見た東京在住の友人・Mさんから「とてもよかったよ!」とすすめられてもいた。
東京の後、京都を巡回し、8月からは広島展。広島なら福岡からは新幹線で1時間ちょっとだ。
さすがに今年の酷暑はこたえて、もうすこし涼しくなってから見に行こうと考え、友人のTさんを誘う。
Tさんは岡山に住んでいるから、上りの新幹線、わたしは下りの新幹線にそれぞれ乗って、広島駅で待ち合わせた。
駅からは路面電車に乗り、八丁堀で乗り換えて縮景園前で下車すると県立美術館はもう目の前だ(運賃は150円)。
藤田嗣治は東京美術学校を卒業後、渡仏、モディリアニらとともにエコール・ド・パリの画家のひとりとして活躍。
その後中南米を取材旅行して帰国。第二次大戦中に描いた「戦争画」によって戦後批判を浴び、彼はふたたびフランスへと旅立ち、二度と日本に戻ることはなかった。
彼はレオナール・フジタというフランス人としてフランスで亡くなる。

彼の作品の変遷がクリアにわかる展覧会。それはフジタという画家の生涯が絵になって繰り広げられているようだった。
初期の、もろモディリアニの影響とわかる、長い顔の女性の絵。キュビズムに衝撃を受けたであろう、ピカソを思わせる抽象画。それは模倣というより、画家になることを決意し、どんなものでも吸収してやろう、という彼の意気込みを感じさせる。


彼の代表作である乳白色の肌の裸婦像。
藤田嗣治といえば、イコールこれらの裸婦を連想する美術ファンは多かろう。

その肌色はなまめましく、それでいて優美だ。よく見ると裸体の部分に「墨」をぼかして使っている。それが女性の筋肉のやわらかさやなめらかさをうまく引き出している。西洋画に、日本画のアイテムをこんな風に取り入れるアイデアは画期的だったと思う。
ベッドに横たわる裸婦の向こうには暗緑色の背景が見える。この暗い色がまるでぽっかりと穿たれた深い深い闇のようで、塗り込められているにもかかわらず、ずっと奥行きがあるように見えるから不思議だ。


彼の絵にはよく猫が登場する。猫の絵だけ集めた藤田嗣治の画集が出ているくらいだ。
初めて藤田嗣治の猫の絵を見たとき、
「あ、これはちょっとそこいらへんの猫をスケッチしたんじゃない。長いこと猫を飼って可愛がっているいる人が描いた絵だな」と直感した。
猫の表情やしぐさ、それは明らかに猫の飼い主が見ている視線で描かれたものだ。
裸婦とともにいる猫、自画像といっしょに描かれている猫、そして猫たちが何匹もかたまってじゃれているのかとっくみあっているのか・・・とにかく猫好きにはたまらない。作者の愛情からだろう、描かれている猫は、みな愛らしい。


しかし今回の展覧会では初めて見るタイプの絵がたくさんあった。
南米の風俗に材をとった作品は力強いタッチで、旅芸人たちの荒々しいエネルギーが画面に満ち、女性たちも「乳白色の肌」とは大違い。藤田はこんな絵も描いていたのか! と驚く。教えられなければ、藤田の絵だとはわからない。
(ついでに言うとこの頃撮っている彼の写真、上半身裸で帽子を粋にかぶり、カメラ目線でニヤリと笑っている。Tさんとふたり「これじゃ、『ちょいワルオヤジ』だよ〜!」と意見が一致した)。


沖縄にも旅し、赤瓦の屋根、琉球風の髪型をした女性などを描いている。沖縄にも来てたんだ、と彼のフットワークの広さに驚く。
また、彼はフランス、南米から帰国したあと、極端に「日本的」な文物を題材にしている。
ふすま、のれん、ちゃぶ台の上の急須、焼き魚、枝マメなど、あえて俗悪なほど「日本的なるもの」を詰め込んでいる。これは海外生活が長かった反動なのだろうか。


そして展覧会の白眉でもある彼の「戦争画」。
これを描いたことで彼は「戦争協力者」と批判もされたが、絵を見るととても「戦争賛美」には見えない。これらは徹底的なリアリズムで描かれ、傷ついた兵士、戦場で折り重なって倒れてどれが敵か味方かわからない兵士の一群、彼らの絶望の表情などむしろ悲惨さに目を背けたくなる。「サイパン陥落」がテーマの絵も、断崖から飛び降りる人まで描かれ、戦意高揚の要素はどこにも見えてこない。
(そういえば先般見に行った横山大観は戦時中、山水画を依頼されて描き、国はそれを売りに出して戦費調達したそうだが、あまりそのへんの批判は聞かない気がする。画壇の力関係なんだろうか??)。


戦後フランスに渡ったあと、彼はちょっと奇妙な絵を多くのこしている(奇妙、と感じるのはわたしだけか?)。
5〜6歳ぐらいの小さな子どもが画題に何度も現れる。しかもつりあがり気味の両方が離れた目と、ブスっとした表情のぜんっぜんカワイクない子どもなのだ。ひとりだったりおおぜい座っていたり、さらにはタペストリーの図柄のようにいろんなポーズをとった子どもがわんさか登場したり。
そうそう日本でいえば奈良美智って画家がいますよね、彼が描くフキゲンそうな子どもの絵を連想してしまう。
これってなにかのメタファーなの? それとも彼はロリコンだったのか? と、どうしてこんなのを画題に選んだのか、ナゾの絵。
晩年は、洗礼を受けたこともあり宗教画がふえる。しかしマリアや天使の横にちゃっかり? 自画像のフジタが座っていたりするのを見ると、お茶目な人だよなー、と思ってしまう。


南米時代の絵、戦争画、風刺画みたいな子どもたちの絵、
「こんなフジタ見たことない!」と感嘆の声をあげたくなる、そんな作品群だ。
これだけフジタの絵を網羅して見られたのは初めて。とても充実した展覧会で見ごたえがあったし、新幹線代を出しても惜しくないすばらしさだったと思う。


海外でこれだけ評価を受けた芸術家はフジタが一番だろう。
エトランゼとしての悲しさがあったのかとも思ったが、帰化後の彼の絵からは全然感じられない。
彼はもともと閉鎖的な日本という国にあっていない男だったのかもしれない。
ちなみにフジタはフランス人女性も含め、生涯4回も結婚しております。

横山大観展へ(2006年8月6日)