Kazumasa Akiyama TOP プロフィール スケジュール Disc フォトアルバム Link NEWS
ニューアルバム 「Dr. Rain」
1. 31
2. スプーキー
3. サムシン・ガッタ・ニュー
4. フロー・イン〜 ユー・アー・ザ・ワン
5. フリーク・ウェーヴ
6. ウェイリング・ウォール
7. ビハインド・アメリカ, メイド・イン・U.S.O.
8. ヒズ・テネシー・トリビュート・トゥ・大竹・小竹
■2007年7月/8月「アケタの店」「なってるハウス」での録音
now on sale!
DISCUNION JAZZ館・TOWERRECORD・HMV等で店頭販売中。
ネットからの購入はこちらまで絶賛発売中!峰 厚介(T.s) 竹内 直(T.s) 渋谷 毅(Org, P) 清水 くるみ(P) 石渡 明廣(G)工藤 精(W.b,E.b) トオイ ダイスケ(E.b) 本田 球也(Ds) 秋山 一将(G, Vo)
秋山一将
初リーダーアルバム (1978年)
「Dig My Style」 CD化
TASCA社より発売中
1968年スタンリー・キューブリックが完成させた「2001年宇宙の旅」に描かれていた夢の近未来。
翌69年ニール・アームストロングはアポロ11号で人類初の月面着陸に成功し、EXPO'70の開催 よって70年代は幕を開けた。時代は高度経済成長期へと入っていく。第1次オイルショック、 金大中事件、日航機ハイジャック、パブロ・ピカソが、ブルース・リーが、サトウハチローが、そして 古今亭志ん生がこの世を去っていった1973年、18歳の1人の青年は模索していた「俺は一体将来 何がしたいんだろう」。そんな悩める青年を10歳からはじめたギターで身を立てようと決意させ、 音のプロの世界へと招き入れるきっかけとなったのは、ジョー・ヘンダーソンの「INVITATION」 という音楽だった。
ギタリスト秋山一将が人知れず産声をあげた瞬間である。 しかし、この時まだ、世間一般には知られざるギターを抱えた1人の18歳の青年だった秋山は、 後に川崎燎(g)、中村誠一(ts)、小杉敏(b)、河原秀夫(b)、村田憲一郎(ds)らを輩出したアマチュア・ ミュージシャン・サークル「アンデルセン」に足を踏み入れる。だが、当初彼にまわって来た仕事は、 いわゆるキャバレーの箱バンド。休憩時間になると競馬新聞片手に出かけてゆくメンバーたちを 横目に日々独り店の廊下で、その空間がもたらしてくれるナチュラル・エコーに心地よさを感じな がらアンプも通さずエレキギターを黙々と弾いていた。そんな秋山一将が20歳の頃、渡辺貞夫の ステージにとび入りし、ラジオ番組「マイ・ディア・ライフ」に出演する。そのことがきっかけとなり、 ベーシスト鈴木勲の勧めで彼のグループに参加。1976年7月、新宿Pit-innでデビューを飾る。 プロとしてのキャリアのスタートだった。
その後、数々のレコーディングにも参加、翌77年には 益田幹夫(p)のグループに入り着実にそのキャリアを重ね、ギタリストとしての彼の知名度も高まっ ていた。その年、エルビスやチャップリンが帰らぬ人となり、スターウォーズや未知との遭遇が公開 され、王貞治が756号ホームランを放ち第1号国民栄誉賞を手にする一方、彼は再び模索していた。 「どうしたら自分はもっとちゃんとしたカタチで世に出ることが出来るんだろう」。 そして、かつてキャバレーの廊下でやったように、当時住んでいたマンションの非常階段で、その 空間がもたらすナチュラル・エコーに包まれながらギターを弾き歌っていた。
ある日、頭上に妙な視線を感じ、ふと上を見上げると階上から秋山をじっと覗き込む一人の男の姿があった。 そしてこう声をかけて来た「キミだったんだ。いつも階段の方から聞こえてくる歌は・・・」 その男は、秋山の住むマンションの1フロアー上の部屋の住人だった。その後、秋山は男の部屋 を尋ねる。男の名は中川公威、部屋の様子から自分とそう遠くない世界の人間だと察していた。 秋山は男の部屋にあったギターを弾き、音楽を聴き、談笑した。他愛もなく心地よい時間を2人 は過ごし、それは何度か繰返された。何度目かに男の部屋を訪れた或るとき、中川公威は 秋山一将にこう言った「君に逢わせたい男がいるんだ。一度会ってみないか?」 中川公威から紹介された男の名は星加哲、当時ビクターレコードのFLING DOG LABELのプロデューサーだった。
そんな2人の男のバックアップを受けて78年に制作されたのが、今回ここにご紹介する秋山一将の 初リーダー・アルバム「DIG MY STYLE」である。
秋山一将という人の創り出す音楽(楽曲)を僕なりに一言で言い表すなら、それは「永遠のデジャヴ ・ソング」だろう。皆さんも経験があるのではないだろうか? 初めて聴くはずの曲なのに「あれっ、何だっけコレ?」って思ってしまったことが・・・ それが、何時、どんなシチュエーションで、誰と聴いたのか?そして、それはかつて自分が聴いた 誰の何なのか?どんなに想い出そうとしても想い出せない。そのうちにそのメロディーが妙に耳に ついて離れなくなる。そんな出来事があったことすら忘れてしまったある日、何気なく自分が口ずさ んでいたメロディーが、あの時の「あれっ、何だっけコレ?」だったりしてドキっとしたことはない だろうか?そしてコレこそが、大衆音楽において名曲と呼ばれる楽曲の条件だと思うのである。 僕は何度となく秋山一将という人の音楽に触れる度にこんなデジャヴ体験をしている。その度いつ も思うのである秋山一将という人が単にジャズ/フュージョンのギタリストという枠組みに安易に閉じ 込めてしまうことの出来ない常に大衆音楽の匂いを感じさせてくれる優れたポップ・クリエイターで あると・・・
僕が初めて秋山一将という人の音を体感したのは、今から十数年前、ここG・H nineでの峰厚介 クインテットのライヴだったと思う。曲は峰厚介作曲の「RED VEST」。圧倒される程の音圧とともに 押し寄せる今まで自分が聴いたことのないアヴァンギャルドなサウンドの波に包まれ、えも言われぬ 衝撃と興奮を覚えたことを憶えている。そのバンドのメンバーとして彼はそこにいた。
とてもストイックかつアグレッシヴなプレイをするギタリストという印象だった。と同時に、ちょっと近寄り がたい存在という感覚を抱いたことも事実だ。そしてこれが僕にとっての秋山一将ファースト・インパ クトだった。 そんな印象を引きずったまま数年の月日が経過したある日、妙に耳に馴染みのある曲が、やはり ここG・H nineでBGMとして流れていた。気になって手に取ったジャケットには「JAZZ GUITARISTS WHO'S WHO VOL.2」とタイトルが記されていた。CDプレイヤーで何曲目かを確認し、クレジットを 見ると「ASKING FOR THE ANSWER」という曲名とともに目に飛び込んで来たのは作曲者 (KAZUMASA AKIYAMA)の文字だった。 これこそが僕にとっての秋山一将デジャヴ体験の始まりであり、同時にファースト・インパクトが粉砕 された瞬間でもあった。そしてこうしたデジャヴに襲われる機会は、G・H nineでの彼のリーダー・セッションというライヴの 現場でも度々訪れた。何気なく聴いている中でふって湧いたように突然現れる「あれっ、何だっけ コレ?」という感覚、とうとう未解決のまま曲が終わり、彼の「今のはボクの曲で・・・」というMCでハっ とした回数は一度や二度ではない。 「秋山一将」への関心が次第に高まっていく中で、彼の初リーダー・アルバム「DIG MY STYLE」 の存在を知った。 しかしながら、未だCD化もされず、既に廃盤となってしまったレコードを探し出すことは容易では なかった。中古レコード店を訪れては、期待と落胆を繰り返していた時、あるG・H nineのスタッフ がインターネットのオークションでこのレコードを落札したというニュースが飛び込んで来た。数日 後、彼は何も言わず僕にレコードを手渡してくれた。借りたレコードに針を落とし、1曲、2曲と曲が 進んで行く中で、僕の予感は確信へと変わっていった。 前半2曲と後半2曲のインストゥルメンタルに挟まれるカタチで歌が4曲、全8曲で彩られたこのアル バムは、1978年の秋山一将が詰まったギター・アルバムの名作であると同時に、最高のポップ・ア ルバムだった。解っていながらも度々訪れる「デジャヴ」は僕の中で他に類を見ない。 特にA面3曲目の「Got That Feeling」とB面2曲目の「Gettin'on」はポップス史上に残る名曲といって も言い過ぎではないだろう。 こんなすばらしい作品に出会えた事を心から嬉しく思うと同時に、やはり「秋山一将」は単にギタリスト ではなく最高のポップ・クリエイターだとあらためて思うのである。
秋山一将本人によると、このアルバムのプロデューサー星加哲は、かつて2人で酒を飲み、何件か店 をはしごした際、その道すがら次の店の飲み代を気にして、自分の持ち合わせを確認しようと手を入 れたジーンズのポケットから、前の店で食べたすきやきのしらたきを出した男だそうだ。 こんな男達が集まって創ったアルバムがカッコよくないわけがないのである。
秋山一将は現在、自身の率いるバンド「Quiet StoRm」の新作をリーダー・アルバムとしては実に四半 世紀ぶりのリリースに向けて準備中だという。2005年、秋山一将の今が詰まったニューアルバムを手 にするのが今から待ち遠しい。 しかしながら、過去のアナログ作品が次々CD化され、中にはこんなモノまでと思うモノもCDになって いるのに、20年以上もの間「DIG MY STYLE」という名作が放置されていること自体悲しむべき事実と 言わざるをえない。
だが、僕は信じている、そう遠くない未来、必ずCD化されたこの「DIG MY STYLE」を手にする事を・・・ そしてジャケットを眺めながら人知れず僕はこう囁くだろう 「やぁ久しぶり。ずっと待っていたんだ。」
2005年3月 TASCA-TP.S. 僕の長くて拙い文章を最後まで読んでくれた皆さんありがとう。これが、皆さんにとって、
「永遠のデジャヴ・ソング」秋山一将ワールドへの「INVITATION」になれば幸いです。
Copyright(C):2006 Kazumasa Akiyama, All Right Reserved.